宗教教育

教育方針

~創立者ヨゼフ・フロジャク神父の後を歩む~

創立者ヨゼフ・フロジャク神父

創立者ヨゼフ・フロジャク神父は神様への感謝を一番大切にしながら、お世話をしている病者や福祉事業や教育事業に協力してくれた人たちへの感謝を大切にしてきました。

東星学園は、カトリック・ミッションスクールとしては、首都圏で唯一の幼稚園から高等学校までの共学一貫校です。男女協働が当たり前のこととなっている今日、創立者ヨゼフ・フロジャク神父の、実にキリストに倣った生き方を、女子だけでなく男子にも伝えていきたいと願い、2008年度より中学校を、2011年度より高等学校を共学化いたしました。

フロジャク神父の「生きることは愛することだ」「清瀬は魅力的な場所になったのである。聖なる星が幼子の方へ多くの人達を案内してくれますように」という思いを引き継いで私たちは歩んでいます。

東星の沈黙

東日本大震災から1年経った2012年3月11日午後2時46分。犠牲者を悼んで日本中が1分間の黙祷を捧げました。これから何十年もの間、毎年3月11日になると日本中が黙祷を捧げることでしょう。なぜ黙すのでしょうか。それは黙すことによってしか得られないもの、出会えないものがあることを人間がよく知っているからです。黙祷は死者を悼むことを目的として捧げられます。黙祷の「梼」は祈りの意味です。黙することによって深く死者たちのことを心に留め、祈ることができるのです。

黙祷以外でも黙する経験を私たちはしばしばします。たとえば、一人で登下校する際や授業中は多くの時間、黙しています。しかし、それは黙することが目的ではなく、別の目的があります。登下校の場合、行き先に向かって歩くことが目的ですし、授業中の場合、教師の説明や板書に集中するために黙するわけです。

黙することを目的に黙する。これが、東星学園が大切にしている「沈黙」です。「沈黙」することによって私たちは、普段得られないもの、普段出会いないものと出会うことができます。それは、死者を悼むことを目的とした黙祷のときと近い感覚かもしれませんが、黙することを目的とした「沈黙」は、より大きなものを私たちにもたらします。心の耳でしか聴くことのできないメッセージ、心の目でしか見ることのできない宝物。しゃべってしまったり、きょろきょろしてしまったりしてはけっして出会えない贈り物を「沈黙」は私たちにもたらします。

2012年、ローマ教皇ベネディクト16世は、世界コミュニケーションの日を迎えるのにあたり、「神は沈黙の中で語られる」、「沈黙の中でこそ、我々はよく聴き、よく理解できる」、「様々なサイトやソーシャル・ネットワークに向ける意識と同じくらい、祈りや黙想の場を持つことを意識すべきだ」とメッセージされました。世界コミュニケーションの日に、あえて「沈黙」の大切さを説き、安易に答えを求める現代の風潮をいさめたのです。

「沈黙」はコミュニケーションという観点からみると最も価値が低いようにみられがちですが、実はそこにおいてこそ、神との出会いがあり、他者を深く知ることができ、真の自分との出会いもあり得ます。したがって「沈黙」は、実に有益なコミュニケーション手段の一つでもあるのです。冒頭に書いた黙祷は死者との再会の手段であるともいえるでしょう。

「沈黙」のない生活を送っていると、深い気づきや出会いを逃し続ける日々の繰り返しとなり、真の意味で、神にも、他者にも、そして、自分にさえも出会えない人生を描くことになりかねません。東星学園は、神との出会いを大切にし、他者や自己との深い出会い(エンカウンター)を非常に重視する学園です。したがって、アヴェ・マリアのチャイムが鳴っているとき、20分間の掃除の最中、聖書朝礼(前後の時間帯も含む)のときは、徹底して「沈黙」を守ります。

「沈黙」にこそ、東星学園の核心があるのです。

聖書朝礼

聖書朝礼

毎週月曜日の朝に全校で集い、聖書の言葉を心静かに聴き、校長の講話を通じて、その精神を高めていきます。まず、生徒が 聖書の朗読を行い、校長がその解説をします。聖書中の神様の言葉を聞いて、自分の心の糧になるものをいただき、日常生活 に生かしていきます。最後には聖歌を全員で歌います。
また、聖書朝礼委員会は、ヨゼフ祭の開祭式、聖書朝礼の準備、クリスマス会の企画・準備等、大切な宗教行事を実施する上で なくてはならない委員会です。

教科『キリスト教倫理』

東星の沈黙

中高部では、全学年とも週に1時間、『キリスト教倫理』の授業があります。この授業は宗教科の免許を持った教師、教会の神父様、校長が担当し、聖書を主とした教材として用いています。

しかし、学校の授業ですから、教会の日曜学校や入門講座と異なり、信仰へと導くものではありません。もちろん、信仰を持つことを妨げるものではありませんが、それよりもこの授業で大切にしていることは、福音を生徒たちに知らせることです。

その福音とは、人間は一人ひとり異なるけれど、みんな神様の最高傑作。あなたも神様から「息のかかった人」。神様は一人ひとりに特別な良い計画を立てている。だから生きていくことに価値がある。

そんなことを伝える時間です。

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