「聖書に学ぶ」(その二)
 子どもたちは毎日、「主の祈り」を唱えてスタートします。親や私たち教師も含め、今回

は改めて「主の祈り」の意味を一緒に考えたいと思います。

 「イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、『主よ、ヨ

ハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください』と言った。」

 (ルカ11章の1節)

 イエスはこの願いに応えて、全福音を要約する祈りを授けました。

 天におられるわたしたちの父よ、

 み名が聖とされますように。(第一の願い)

 み国が来ますように。(第二の願い)

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。(第三の願い)

 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。(第四の願い)

わたしたちの罪をおゆるしください。(第五の願い)

わたしたちも人をゆるします。(第六の願い)

わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。(第七の願い)

 「主の祈り」の最初の三つの願いは、御父の栄光を願うものです。他の四つは私たちの望

みを神にお願いするものです。「み名が聖とされますように」と願うとき、私たちは神の計

画にあずからせていただきます。神の救いのみわざが私たちのために私たちのうちで実現

されるのは、神の名が私たちによって私たちのうちで聖とされる場合だけなのです。「み国

が来ますように」(第二の願い)によって、教会はとくにキリストの再臨と神の国の最終的

到来とを祈り求めます。教会はまた、私たちの生活の「今日」の中で、神の国が成長する

ようにとも祈ります。第三の願いでは、この世の生活の中で御父の救いの計画が実現でき

るために、私たちの望みをイエスの望みに合わせてくださるようにと御父に祈ります。第

四の願いで、必要な食べ物だけでなく、いのちのパンである神のことばやキリストの体

(エウカリスチア)をお与えください、と祈ります。第五の願いは、私たちの罪が許してい

ただけるように神のあわれみを請い求めるものです。神のあわれみは、キリストに倣い、キ

リストに助けられながら、敵を許す努力をしていない限り、私たちの心に届くことはあり

えません。「わたしたちを誘惑におちいらせず」と唱えるとき、私たちは自分たちが罪に

導く道に足を踏み入れるのをお許しにならないようにと神にお願いします。「悪からお救

いください」という最後の願いで、すでにキリストによって獲得されている勝利が「この

世の支配者」、神と神の救いの計画とに意識的に逆らう天使であるサタンに対して現され

るようにと神に祈ります。「アーメン」ということばで、私たちは、七つの願いに込められ

ている「そのとおりに成りますように」という自分たちの「依託の心」を表現します。

 (以下は次号)